2020年10月8日付 日本経済新聞
強制力のある対策 法の壁
都民フ条例案 懸念も
「誰が責任を持つのか、 誰が権限を持っているのか。同じ繰り返しがずっと続いている」。東京都の小池百合子知事は 新型コロナウイルス対策で法改正を求めても、国の動きが鈍いことにいらだちを隠さない。
小池氏に限らず各県の知事が求めるのは、新型インフルエンザ対策特別措置法と感染症法の改正だ。論点は多いが▽休業要請に応じない事業者への罰則適用(特措法)▽ホテルでの宿泊療養の法的位遣付け(感染症法) が主なポイントとなっている。
特措法は知事が休業要請をできると規定しているが、ある都幹部は休業補償の規定がなく「容易には抜けない刀」と指摘する。全国知事会は要請の実効性を担保するため、特措法の改正などで、国の財源による休業補償について規定することを求めてきた。都は独自財源で協力金を支給したが、「貯金」に当たる基金を財源に充てたため都財政は厳しさを増した。
仮に国が休業補償について特措法を改正したとしても、知事は即座に動けないとの指摘もある。国が定めた「基本的対処方針」に基本的に都道府県は従うことになり、国との細かい調整が必要になる。小池氏は「知事に権限があるとはいえ、現実にはスピード感に課題が残る」と強調する。
感染症法は各自治体が取り組んだホテルでの宿泊療養を想定していない。感染者に応対するある区の担当者は「ホテル療養をお願いしても『自分は健康。どうしてホテル暮らしなんだ」と怒られる」とこぼす。春の第1波より夏の第2波のほうがクレームが多くなったという。
また感染症法の関連で、現在は原則入院としている感染者への対応が見直されれば、インフルエンザの感染者などと同じように「自宅療養」が増える可能性がある。ある区長は「自宅療養者が外出している例がけっこうある」と打ち明ける。
国の法改正を待たず、条例で現状を打開しようとする動きが相次ぐ。都は感染者が増加した際に医療機関の病床を確保するため、ホテル療養を感染者の「努力義務」とする条例改正案を都議会に提出している。努力義務のため強制力はないが、成立すれば軽症者らにホテル療養の協力を求めやすくなる。
都議会の最大会派、都民ファーストの会は感染者が外出して他人に感染させた場合などに「5万円以下の過料」の罰則規定を設けた条例案を検討している。増子博樹幹事長は「実効性を担保するため、極端な迷惑行為に対して罰則を科すことも検討しなければならない」と強調する。12月の都議会での提出をめざしている。
罰則について、自民党は「人と人との対立を扇動するような偏った制度とならないか」(小宮安里都議)と懸念する。都の幹部も「前のめりだ」と話す。小池氏は「現場に近い都議会の皆さんは色々な思いがある」と述べ、都民フ案へ明確なコメントを避けている。
感染者への罰則は偏見・差別の助長につながる人権上の懸念があり、慎重な議諭が必要だ。ハンセン病の「隔離」の歴史などから、行政機関が感染者の日常生活を制限することの妥当性は政治上の諭点となる。罰則を設けてまで強制力を高め、感染対策をとるべきかどうか。自治体の現場にも難題が課されている。
亀真奈文が担当しまし た。